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山本覚馬【やまもと かくま】

(同志社社史資料室 所蔵)

 会津藩士山本権八の長男。日新館に学び文武兵学を修得、その後江戸へ出て佐久間象山、勝海舟を訪ね、蘭学、様式砲術を研究。会津藩蘭学所を設置し、会津軍近代化に功があった。禁門の変では砲兵隊の指揮を取ったが、鳥羽・伏見の戦いで捕らえられ薩摩屋敷に幽閉された。失明し、脊髄を損傷しながらも、口述筆記の「管見」と題する経世論を認められ明治2年釈放される。やがて京都府顧問や京都商工会議所会頭として活躍。またキリスト教に共感、新島襄らの同志社創立にも協力した。享年65歳。佐久間象山が暗殺され、その仇討ちについて近藤勇に協力を求めるなど、近藤とは親交が深かった。

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