放射線Q&A16:4月28日発売号からのコミック「美味しんぼ」について、専門家としてどう思いますか?

公開日 2014年07月02日

更新日 2018年12月12日

Q16:平成26年4月28日から5月19日に発売されたビッグコミックスピリッツ「美味しんぼ」の内容と掲載された識者と言われる方の批判や意見について、放射線の専門家としてどう思われますか?

 

回答

「美味しんぼ」の感想です。
はじめに、一般論を書きます。

 

正直に言いますと、「またか」という感じです。このようなことを書く人・グループは存在するだろうし、また、このような人がいない世界というのは、色にたとえるといわゆる「単色」となり、言うなれば思想統一的な感じで、逆に怖いと思います。人間社会ですので、様々な人がいて、様々な考えがあって良いし、また、いる(ある)ものだと思います。

 

問題は、それをどのようにとらえるか、それに対しどのように行動するかだと思います。

そして、一部の声の大きい人の発言に惑わされるのか、大多数の声を出さない人をしっかりとみすえて、多数のために「何を考え、行動するのか」ということだと思います。

もちろん、多数意見がおかしい場合もしばしばあるわけで、そのために悪戦苦闘する場合がありますが、それはそれでまた致し方ないことでしょう。

というわけで、相手の土俵に上がらないことです。

冷静に考え、正しいと判断したことを、的確に実行することに尽きます。

 

次に、具体的な内容について記します。

この漫画を全体的に見た時、”特に異常”とは思いませんが、とりわけ、次の2点は問題です。

一つ目は、「鼻血と異常な疲れ」です。

二つ目は、「福島県が汚染され、除染が進まず、今後も住むに適さない所だ」といった点です。

一つ目は科学的・心理的問題であり、二つ目は科学的問題よりも社会的問題です。いずれも、純粋な科学の問題ではありません。

 

まず、一つ目の「鼻血と疲れ」について言いますと、これを純粋に科学的問題として扱うなら、事故発生後に放置したペット・家畜のイヌ、ネコ、ウシ、ブタ、あるいは野生のイノシシなどの哺乳類の生体検査をするのがよく、それによって判断すべきであり、私はそのようなデータが早く出てくることを期待しているところです。

動物は、放射線というものを知らないし、事故後にどのような状況が出現したかも全くわからないわけですから、純粋に生物学的な影響についての情報が得られるからです。

 

出血は血管が破れることによって起きます。特に、鼻の中は細い血管が多くあるために傷がつきやすく、血が出やすいのは確かです。意識的あるいは無意識のうちに鼻の穴に指を入れるなどして、普段から傷がついている場合が多いことでしょう。

このようなことから、目に見えるように血が出る場合、体の他の部分から出るのに比べると、鼻から血が出やすいのは事実でしょう。多分、誰でも特に幼少のころに鼻血を出した経験をしているはずですから、わかるのではないでしょうか。

極めてもろくなった血管が鼻の中の粘膜にあって、もしも放射線の刺激で血管が破れて鼻血になったとすると、むしろもろくなった血管があったこと自体が問題です。また、そのようなことがあるとすると、体の他の部位にももろくなった血管があって、その部分からも血が出ているかもしれません。

しかし、特にそのような極めてもろい状態でない限り、今回の原発事故で被ばくした放射線量ではこのような事態は生じないと考えます。

 

鼻血および疲労に関しては、体の組織反応(確定的影響)ですので、1,000ミリシーベルト以下ではこれまでの多くの調査では影響は認められていません。

なお、鼻血及び疲労と放射線量の関係については、安斎さん、野口さんが本コミック誌によせられた批評の中で詳細に説明されていますので、ここでは改めて書きません。

 

コミックの主人公が、事故を起こした原発の視察で浴びた線量は1,000ミリシーベルトよりはるかに少ないので、通常の体調であれば鼻血が出ることは考えられません。

私的なことで恐縮ですが、私自身は研究で30~100ミリシーベルト(毎時15~50マイクロシーベルトで延べ2,000時間)ほど浴びたことがありますが、特に異常が生じたことはありません。疲労について言えば、岐阜から東京に1日出張するだけで疲労感をおぼえます。

 

次に、二つ目の「福島が汚染され、除染が進まず、今後も住むに適さないところだ」といった点ですが、除染効果についてはここでは触れません。

現在立ち入りが制限されている区域以外の汚染状況の問題は、日常、汚染をどのように考え、また生活をどのようにしていくかの話になります。

この場合には、放射線が及ぼす”様々な影響”が入ってきます。これは一面で科学的に配慮すべき点がないわけではありませんが、実は極めて社会的、人間的な問題です。

 

したがって、この点に焦点を絞って意見が出てくるわけですが、私が指摘したいのは、一見、表立っては科学的な面を装いながら、実はそうではなく、自分の意見をうまく言いつのる※1ことに問題があるのではないかということです。

科学的を装っているために、発言者は、言外に発言が「正義」であると言っており、発言を入れないことを「悪い」と言い、また「そのように行動しなければならない」といっていることです。

しかし、少し考えてみればわかるように、人間の社会生活は極めて複雑で、現在の社会は価値観も多様です。様々な意見・考えを聞き、議論し、慎重に判断をすべきです。

 

今回の被ばく状況は、自分の過失ではなく、ましてや自ら望んで被ばくしたのではありません。

しかも、今回の事故では、避難とその後の状況を別にしますと、現実にはほとんど「悪い状況」が生じていないし、今後も生じないと予想されるにもかかわらず、完全には「ゼロ」と言えないことを盾にして、被ばくしたから「このようなことが起きますよ」とこの本のように言うことは、犯罪にあたるとは言わないまでも、極めて由々しき発言と思います。

 

はじめから、「放射線は害を及ぼす怖いものだ」と決めつけ、「どれぐらいの放射線ならどのような影響がある」という量の概念を欠き、しかも生物の「修復作用や治癒能力」を言わない言い方は「為にする」※2言い方と思われても仕方ないでしょう。

特に、専門家と称する大学(元)教授や研究者が言う場合に問題が大きいと言えますが、一方で、聞く側でも十分に注意して聞くことが肝要です。

 

このような状況は、福島県民からすれば、ただでさえ放射線に対する不安を拭いきれていないところに、下火になりつつあった風評が再び呼び戻されて、何ともいやな雰囲気に覆われることになり、しかも、避難と汚染の現状について改善が遅々として進んでいない昨今、「住むに適さない」などと言われるのは、耐え難いと思います。

 

たとえてみれば、自ら作ったのではない「傷」に「塩を”これでもか”とすり込まれる」ようなものではないでしょうか。

これでは、発言者がいくら「科学として正しいことを言っているのだ」と正義ぶっても、人間としての「節度をわきまえる」から逸脱しているのではないでしょうか。

自分がその立場になれば、どう思うのでしょうか。

彼らに、発言を控えるべきだなどとは言いませんが、言い方があり、気を付けるべきだと思います。

民主主義だから無闇に「何を言ってもよい」ではなく、自ら律して、「他を思いやる」発言をすべきでしょう。

 

 

※1言いつのる:調子に乗っていよいよ激しく言う

※2為にする:自分の利益を期待して、わざとやる。自分の都合の良いように事を運ぼうとする



◎放射線が人体にあたえる影響についてはQ&A1、被ばく線量と健康への影響についてはQ&A3をご覧ください。

 

 

 

【回答者】会津若松市放射線管理アドバイザー・藤田保健衛生大学客員教授「下道國先生」

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