会津若松市 くらし
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市長日記       会津若松市長 菅家一郎


佐川官兵衛ゆかりの地を訪問

 5月9日と10日はプライベートで、佐川官兵衛ゆかりの地である熊本県南阿蘇村を訪問して参りました。
佐川官兵衛は、会津藩の家老で藩随一の猛将であります。鳥羽・伏見の戦いでは、右目を傷つけられながらも敢然と戦ったことから、「鬼官兵衛」の異名をとりました。その後、官兵衛は、会津でも野戦軍総督として城外で戦いました。維新後の明治7年には、旧藩士三百人を連れて警視庁に奉職。西南戦争では、第一小隊長兼指揮長となって参戦し、阿蘇南郷谷の白水村で薩摩軍と戦いましたが、至近距離からの狙撃弾により戦死しました。
南阿蘇村の方々は、官兵衛の古武士の風格と武士道に殉じた死に様に感動して、多くの顕彰碑を建ててしのんでおります。その中に私財をなげうって「鬼官兵衛記念館」を建設し、資料を収集・公開している興梠二雄氏がおり、訪問して参りました。興梠氏は、佐川官兵衛顕彰会の会長であり、「会津親善大使」でもあります。彼の案内で、佐川官兵衛陣跡や官兵衛討死地、首塚、そして、官兵衛がしばしば軍議を開いたとされ、官兵衛ゆかりの品々が展示されている長門屋を視察しました。同行したJR東日本仙台支社の田浦芳隆支社長の生家はこの長門屋であります。何だか不思議な縁でつながっているような気が致しました。また、田浦支社長の親戚である長門屋の田上アツ子さんとは、この訪問で感動の再会を果たすことができました。
会津の人以上に佐川官兵衛を思い、大切に顕彰している南阿蘇村の方々に感激致しました。佐川官兵衛ゆかりの南阿蘇村との更なる交流を目指して参ります。
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