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日新館跡(にっしんかんあと)

5代藩主松平容頌の寛政11年(1799)に造営開始、文化2年(1805)に落成した。
会津藩祖保科正之は極めて学問好きであり、2代正経の延宝2年(1674)郭内に学問所を開き「講所」と称した。天明8年(1788)時の家老田中玄宰(はるなか)は、藩政改革の一環として「講所」の拡張整備と、藩士の子弟の就学を義務づけた。同年、従前の「講所」を「東講所」とし、新たに米代に「西講所」を創設したが、やがてこれを拡大整備した「日新館」によって両所は統一された。「日新館」という名称は、『書経湯之盤銘』の「日日新而又日新」、また『大学』『易経』などによったものといわれる。(周辺マップへ


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稚内市羽幌町利尻町利尻富士町
(会津藩北方警備・田中玄宰)
熊本市(秋月胤永旧制五高赴任)
青森市(小川渉)
札幌市(飯沼貞吉郵便局工務課長勤務)
仙台市(飯沼貞吉逓信局工務部長勤務、飯沼貞吉墓)
熱海市(柴四朗墓)
萩市(吉田松蔭)

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田中玄宰
吉田松蔭
秋月胤永飯沼貞吉宇田成一小川渉柴四朗山川健次郎
(日新館に学ぶ)

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日新館天文台跡
妙法寺(石橋欄干)




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