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河井継之助の墓(かわいつぎのすけのはか)

長岡藩家老で奥羽越列藩同盟総督、河井継之助は、明治元年(1868)長岡城落城の際負傷した傷が悪化して、只見町塩沢で亡くなった。遺体は荼毘にふされて鶴ヶ城下の建福寺に運ばれた(長岡藩藩主牧野公が、当時滞在していた由縁からという)。「故長岡藩総督河井継之助君埋骨遺跡」の碑が建てられている。只見町塩沢の医王寺にも村人が細骨を葬った墓がある。


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長岡市(河井継之助・奥羽越列藩同盟)

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河井継之助

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戊辰戦争・奥羽越列藩同盟

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本光寺長岡藩士殉節の碑




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