長州藩士杉百合之助の次男として生まれ、後に叔父吉田大助賢良の養子となった。幼少から山鹿流兵学を学び、10歳で明倫館で兵学の教授を行った。23歳の時、山鹿流兵学最高の免許を受ける。翌年東北諸藩を歴訪し、会津には往復二度立ち寄り、日新館には特に興味を示して見学した。のち海外渡航の企てに失敗し投獄される。安政の大獄により伝馬町獄舎において死刑。獄中で松陰が開いた松下村塾からは、高杉晋作、伊藤博文など幕末・明治の多くの人材が出ている。(写真:松蔭神社蔵・写真提供:萩市役所)