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田中玄宰(たなか はるなか)

寛延元年〜文化5年(1748〜1808)

会津藩家老で三代の藩主に仕えた名宰相。会津藩名家老田中正玄(まさはる)四世の孫。34歳で家老に任じられた際、会津藩は天明の大飢饉であった。玄宰は藩主容頌に領民の救済と藩政の改革を願い出たが受け入れられず、一時病と称して辞職。その間兵学や経済について研究し、一年後復権の際に藩政の大改革「天明の改革」を提言し大きな成果をあげた。また、藩校「日新館」を創設、会津藩が文武ともに天下の雄藩となる基礎を築いた。
会津藩樺太出兵の最中、61歳でこの世を去る。「わが骨は鶴ヶ城と日新館の見えるところに埋めよ」と遺言し、墓はそれらの見渡せる小田山の山頂にある。
(長谷川恵一画・写真提供:博物館会津武家屋敷)



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稚内市羽幌町利尻町利尻富士町
(会津藩北方警備)

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会津藩北方警備(樺太出兵)

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日新館跡
小田山(田中玄宰の墓)(丹羽能教の墓)




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