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中野竹子(なかの たけこ)

嘉永3年〜明治元年(1850〜1868)

娘子軍の隊長。江戸詰勘定役中野平内の長女で江戸に生れ、薙刀と学問を修める。戊辰戦争がおこると郷里に帰り、母孝子、妹優子とともに坂下で児童に読み書き、薙刀などを教えていた。新政府軍が城下に迫ると、出陣の許可を得て母や妹ともに柳橋の戦場に出撃。敵弾に倒れ、妹の手により介錯され果てた。墓は坂下の法界寺にある。
(写真:法界寺蔵・写真提供:博物館会津武家屋敷)



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(更新中)

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戊辰戦争・会津戦争

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中野竹子殉節の碑
妙法寺中野平内の墓




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