| >な〜の>丹羽五郎 |
| 直江 兼続(なおえ かねつぐ) |
| 永禄3年〜元和5年(1560〜1619) 越 後国魚沼郡上田庄(現在の新潟県南魚沼市)の坂戸城主、長尾政景(景勝の父)に仕える樋口兼豊の長男として生まれた。幼名は与六(よろく)。幼いころから 上杉景勝に仕えていた。上杉家の家督をめぐる争い「御館の乱」の後、後継者となった上杉景勝は、越後を平定した。また名家の直江家を継いだ兼続は与板城主 (現在の長岡市)となった。天正16年(1588)景勝の上洛に従った兼続は、豊臣秀吉の計らいにより従五位下山城守に任ぜられ、慶長3年(1598)に 上杉景勝が会津120万石に移封されると兼続は6万石を与えられ米沢城主となった。会津の「神指城」築城に尽力するが、徳川家康の会津攻めにより中止とな る。「関ヶ原の戦い」の後、米沢30万石に減封された上杉家の執政として米沢藩の基礎を築いた。 |
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米沢市 (上杉家移封地) 上越市 (春日山城) 長岡 市(与板城) 南魚沼市(生誕の地) |
| 上杉景勝 |