明治5年〜昭和31年(1872〜1956)
9代若松市長。旧会津藩士松江久平の長男。 斗
南藩移住後、軍人を志して陸軍士官学校に入学。卒業後中佐の時徳島(板東)俘虜収容所所長となった。第一次世界大戦で収容されたドイツ兵捕虜を、捕虜は愛
国者であって犯罪者ではないので人道に扱うべきと主張し住民と交流させた。町村では牛乳、バター、パンなどが作られ、寺院では捕虜たちにより第九が初めて
演奏された。 大正11年より9代若松市長となり、上水道計画を決議。引退後は飯盛山の白虎隊墓地広場の拡張に尽力、弟松江春次の南洋開発にも協力したが、第二次世界大戦後病没した。 (写真:鳴門市ドイツ館蔵)
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