i_jinbutsu ま〜も>三善長道

三善長道(みよし ながみち)(初代)

刀(三善長道)
「刀 (長道)」
寛永10年〜貞享2年(1633〜1685)

会津の刀匠の第一人者であり、江戸時代屈指の名工。三善家は四国松山から、寛永4年(1627)に 加藤嘉明に従って会津に移住し、三善家三代目の藤四郎から三善長道を称した。作刀に天性の資質があり、若くして陸奥大掾(むつだいじょう)の官位を受領する。文政13年(1830)に著された「古今鍛冶備考」では、切れ味が最も鋭い刀「最上大業物(さいじょうおおわざもの)」十四工の1人と紹介され、さらに評価が高まった。墓は市内蚕養町の法華寺にある。

「参考:五鍛冶六家」
会津の刀匠を系統化すると、古川、下坂、三善、中条、鈴木の五鍛冶と、そこから分家等により派生した下坂別家、角、皆川、村田、若林、長尾の六家に分けることが出来る。 最も古いのは、室町時代末期に濃州(岐阜県南部)から来た古川家であり、ついで寛永4年(1627)に下坂、三善、中条が加藤嘉明に従い予州(愛媛県)から移住、さらに寛永20年(1643)に鈴木家が保科正之に従い最上から移住している。 下坂別家は宝永の頃(1700年代)に分家独立したもので、他家は幕末に一家をなした。



i_jichitai

松山市




このページの内容及び画像の転載・二次使用を禁止します。