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河井継之助(かわい つぎのすけ)

文政10年〜明治元年(1827〜1868)
越後長岡藩家老。嘉永5年(1852)江戸にのぼり佐久間象山らの教えを受け、また蕃書調所の頭取となり西洋事情にも通じた。のち諸国を巡り、松山藩で藩政の実態を学ぶ。藩主忠恭に認められ、郡奉行・町奉行・年寄役とつとめた。
明治元年(1868)家老の時に戊辰戦争がおこり奥羽越列藩同盟として越後各地で新政府軍と戦ったが、長岡城は落城。負傷した継之助は会津方面に逃れたが傷が悪化して、只見町塩沢で亡くなった。


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長岡市(長岡藩・奥羽越列藩同盟)

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佐川官兵衛(北越戦で共に戦う)

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戊辰戦争・奥羽越列藩同盟

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建福寺(河井継之助の墓)




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