文久3年(1863)幕府の浪士隊結成に試衛館の仲間近藤勇らと共に参加上洛し、のち近藤を助けて新選組を組織した。京都守護職会津中将お預りとして不逞浪士の取り調べ、市中見廻りを行なった。慶応4年(1868)鳥羽・伏見の戦に敗れ、近藤勇が流山で捕らえられ板橋で斬首された後、新選組の生き残りを率いた土方歳三は、北関東、会津と転戦した。宇都宮の戦いで手負い、会津の清水屋旅館で養生し全快したが、鶴ヶ城籠城戦では、東の猪苗代方面にあって入城かなわず、仙台にて榎本武揚の艦隊に合流し新天地に希望を求めて蝦夷地函館に上陸する。5月11日政府軍陣地に切り込みをかけ、敵弾を受けて討死した。(佐藤福子氏蔵・写真提供:博物館会津武家屋敷)