会津松平家初代藩主。徳川秀忠の子だが、母が側室ゆえ武田信玄の娘見性院に養育された。信州高遠の城主保科正光の養子となる。三代将軍家光は正之を実弟として、最上山形、続いて会津の城主とした。家光没後正之は幼将軍家綱を補佐、文治主義を徹底させた。若松滞在は生涯3度であったが腹心の家老らが統治にあたり、特に家訓十五ヶ条で子孫に徳川家への絶対忠誠、法の絶対服従を示した。没後は猪苗代の土津(はにつ)神社に祀られた。また、その分霊が札幌市の琴似神社に祀られている。(土津神社蔵・写真提供:博物館会津武家屋敷)
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