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佐川官兵衛【さがわ かんべえ】

 会津藩士佐川幸右衛門直道の子で、名は直清、幼名は勝。文武に秀で、会津藩京都守護職時代には学校奉行・別選組隊長・諸生組隊長を兼ね、京都市中の警護にあたっては「鬼佐川」「鬼官兵衛」の異名をとった。鳥羽伏見の戦いで奮戦、戊辰戦争の北越戦では会津軍指揮として、長岡藩河井継之助らと共に各地を転戦。戦後明治7年に警視庁の巡査に応募、明治10年の西南戦争には警視隊隊長として参戦し黒川村で戦死した。享年47歳。新選組隊士、斎藤一(藤田五郎)と会津藩士高木小十郎の娘時尾との結婚の際には、山川浩とともに下仲人を務めた。

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