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秋月悌次郎(胤永)【あきづき ていじろう〈かづひさ〉】

(秋月一江氏 所蔵)

 会津藩士丸山胤道の次男で、藩校日新館に学び、学業優秀のため選ばれて昌平坂学問所に入り、のちに舎長となった。京都守護職に就任した藩主松平容保公にしたがい、公用人として諸藩との交渉、公武合体の融和に尽力した。特に、薩摩藩士高崎佐太郎らと謀って会薩同盟を結び、八・一八の政変で裏方として活躍。戊辰戦争では軍事奉行添役として越後方面に出陣、開城時には米沢へ手代木直右衛門(勝任)と共に降伏の使者にたち、禁固され明治5年赦免となる。その後太政官から各高等学校の教職に就き、明治28年熊本第五高等学校を最後に退職した。五高時代の同僚のラフカディオ・ハーン(小泉八雲)をして、「神のごとき人」と言わしめた。享年77歳。

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