野
口英世生家
その名の通り野口英世が生まれた場所であり、16の時ま
でこの家で生活していた。なお、現在は野口英世記念館となってい
る。
(右図参照:福島県猪苗代町三城潟、電話:65-2319)
翁島尋常小学校
野口英世が通っていた小学校。成績が優秀で
あったため、先生の代りに授業を行う「生長」という位を授かり、生徒に授業も
教えていた。
長照寺
野口英世の母シカ、父佐代助が埋葬されている。また、野
口夫妻の遺髪塚もある。
野口英世青春通り
野口英世が貴重な青春時代(16歳〜19歳)過ごしたこと
から名付けられるようになった。
会津会陽医院跡
野口英世が1歳の時、火傷で癒着した左手の手術をここで受
け、その奇蹟に感動し、中学卒業後医学の道に進むべく、この会
陽医院の書生となった。ここで野口英世は貴重な青春時代を過ごし、生まれは福島県猪苗代の三城潟ではあるが、医聖野口英世はここで生まれたとも言われてい
る。現在の野口英世が刻苦勉励していた2階は野口英世に関する貴重な資料や思いでの品々が展示してある「野口英世青春館」という博物館となっている。ちな
みに1階は喫茶店となっている。(右図参照:福島県会津若松市中町5ー18、tel:27-3750)
山内よねの家
野口英世の初恋の相手とされる山内よねの家である。ちなみ
に残念ながらこの恋は実らずに終った。この家は一般公開はして
いない。
日本キリスト教団若松栄町教会
野口英世が洗礼を受けた教会である。ここで野口英世は英語
の学習をした。なお、この教会は、当時の位置と異なっている。
末広酒造(旧 新城酒店)
野口英世の母シカが会津若松市に行った際には立ち寄っていた場所。
野口英世像