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甦る鶴ヶ城 干飯櫓(ほしいやぐら)の復元

第15回 「棟納め」

干飯櫓の大棟
写真は、干飯櫓の大棟の部分です。熨斗瓦積みや雁振瓦、鬼瓦などの取り付け状況がわかります。
 つの傾斜した屋根の交わる部分を棟(むね)といいます。瓦屋根の一般的な棟納めは、棟に熨斗瓦(のしがわら)を数段積み重ね、その上に雁振瓦(がんぶりがわら)をかぶせて棟積みとし、その両端部に鬼瓦(おにがわら)が据えられています。

 瓦は、棟の両端や隅棟、降り棟の先端に据えられる飾り瓦の総称で、瓦が日本に伝わった飛鳥時代には、蓮の花の模様が施されていました。時代とともにこの蓮華文(れんげもん)も単純なものから複雑なものへと変化し、奈良時代になると、蓮華文と並行して獣面の模様を付けたものが作られるようになりました。平安時代には、この獣面に角の様な突起が付き、顔もより立体的になり鬼面となりました。このころから、鬼瓦と呼ばれるようになったようです。

 町時代以降になると鬼面の表情も激しくなり、下部が鰭(ひれ)で飾られたりして装飾化が進みます。桃山、江戸と時代に下るにしたがい、鰭などがますます発達し雲形や波形などに意匠され巨大な鬼瓦が生み出されてきました。また、一方では、城郭や町家などが発達してくると、文様も鬼面だけでなく家紋や文字を入れたり、宝珠(ほうじゅ)などの富を願ったものなどが作られるようになり、鬼面のない鬼瓦も作られるようになりました。復元工事では発掘調査の出土品を参考にしていますので、鬼面のない三巴文(みつどもえもん)の鬼瓦になります。

 斗瓦は、使う位置により肌熨斗、割り熨斗などと呼ばれ、屋根の規模や瓦の葺き方により、積み重ねる熨斗瓦の段数は変わってきます。干飯櫓の棟は、雨熨斗二段、熨斗瓦を半分に割った割り熨斗を五段積みとし、上に丸瓦より少し大きめの雁振瓦をかぶせ棟積みとし、その両端に鬼瓦を据えています。

 瓦の作成は、鬼瓦などの彫刻的な仕事を必要とする瓦を専門に製作する鬼師(おにし)と呼ばれる職人により一つひとつ手作りで作成されました。干飯櫓の屋根には、大棟に大きい瓦が二枚、二重櫓のため隅棟にひと廻り小さい鬼瓦が八枚据えられています。