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甦る鶴ヶ城 干飯櫓(ほしいやぐら)の復元

第九回 「櫓の木構造 その二」

土台
上の写真は、干飯櫓の軸組み(骨組み)の状況写真です。柱や梁、またそのほかの部材が規則的に重なりあって荷重を分散しながら、接合部を締め固める合理的な構造になっています。
 飯櫓と南走長屋は本丸の南西に位置し、昭和四十年に再建された鉄門(くろがねもん)や天守閣に連なっており、干飯櫓は若松城内に十一棟あった「隅櫓」の中で一番大きな規模を持つものと考えられています。干飯櫓の規模は一階が五間×四間、二階は一階に対し両側を半間ずつ減らして四間×三間であり、延べ面積が約百四十四平方メートルあります。また、南走長屋は幅二間半で長さが約十八間の平屋(一階)建ての建物で、延べ面積は約百六十平方メートルになります。

 飯櫓と南走長屋の外壁は、鉄砲の弾を通さないほど圧塗りの土壁で仕上げられており、敵の来襲に備えて、石垣より迫り出して造られた「石落し」や壁に小さな穴をあけて敵を銃撃するための「銃眼」などの設備を設けています。

 飯櫓は「糒」(ほしい)と呼ばれる、飯を干して乾燥させたものを貯蔵していたためその名が付いたと考えられ、文字どおり食料庫であったといわれていますが、南走長屋は武器庫として利用されていたようです。

 飯櫓では、一、二階の間に建物を一周する形で屋根が付き、最上部にも屋根を載せています。屋根には厚くて重い瓦を載せるので、全体の重量を支えるために柱や梁の寸法が太くなっていますが、中央部にある二本の通し柱から梁組み(はりぐみ)を通じて、外側の多くの柱にも荷重を分散する合理的な構造になっています。

 などの荷重は、屋根から梁、梁から柱へと建物を上から順に押さえつける働きをし、その重さが木の接合部をきつく締め固めています。また、「貫」(ぬき)という部材を、柱の中を横切る形で幾重にも通し、木の楔(くさび)を打ち込むことにより、建物をいっそう強固にしています。

 物の重さを構造的に利用したり、楔で締め固めをする方法は、古代建築から城郭建築にも受け継がれていたようで、当時貴重であった釘や金物を、それほど使わなくても建てることが可能でした。


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