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甦る鶴ヶ城 干飯櫓(ほしいやぐら)の復元

第七回 「木材加工技術」

鳥瞰図
手斧は、耳かきのような形をした工具。木をたたくようにして木片を削るのに用い、その際「コンコン」と心地よい木鳴りがする。仕上がりには味わい深い削り跡が残る。
 奈良・平安時代の社寺建築では、斧で切り、楔で木を縦に割り、鑿で彫り、槍鉋(やりのような形をした鉋)などで削るといった数種類の鉄製工具で木材を加工していました。その後、鎌倉・室町時代になると、木を横に切る鋸や、薄く削って平らにする台鉋などが考案され、桃山・江戸時代には、今とほとんど変わらない大工具がそろうようになります。さらにこの時代は、これらの道具を巧みに扱う大工衆が全国各地に育ってきた時代でもあり、さまざまな加工を精密にできるようになりました。特に築城などの大工事では、幾人かの棟梁を長としたチームを編成し、道具と技術を駆使しながら部分ごとに分割(割普請)して作業にあたっていたようです。

 当時、若松城も同じような方法で行われ、普請に関する仕事を割りつける「割場」と称する役所などが、現在の若松女子校のあたりにあったと伝えられています。

 今回の復元工事は、往時の工法を再現することとし、さらに木材は、割れや狂いを少なくするため、時間をかけ十分に自然乾燥したものを使い、柱や床などは鉋仕上げ、梁は手斧といわれる工具で樹皮などをはぎ落とし、木組みの接合部は鑿や鋸で加工しています。また大工は木材の性質を良く知り、癖を見抜き適材適所に使う技術を持っており、同じ大きさの材料であっても建物のどの位置にどう使うかを考えて加工しています。また組み立ての際に間違えることのないように墨で符号を記しました。

 この符号のことを「番付け」といいますが、古くからあった方法を近世になって体系化し、全国に伝わったと考えられています。番付けには「合紋」「合番」「時香」「廻り」「組合せ」などの種類があり、東日本の城においては、組合せ番付けが比較的多かったようです。組合せ番付けは、位置を数字や文字の組合せで表す合理的な方法であり、復元工事や現在の木造建築においても採用されています。


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