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甦る鶴ヶ城 干飯櫓(ほしいやぐら)の復元

第ニ回 発掘調査

発掘調査
平成8年9月から12月までの約4ヵ月間にわたり行われた発掘調査では、やじりのほか当時建物の屋根に使われていた瓦なども発掘され、復元にあたっての貴重な資料となりました。
 今回の復元では、建物の設計や工事を行う前に発掘調査を実施しました。なぜ発掘調査を行うのでしょうか。

 復元は、その当時あったものを外観や内部も往時のままに、同じ材料や工法を用いて建築することが基本となります。そのため、建物の写真や設計図があれば良いのですが、残念ながら鶴ヶ城の詳細な図面は1枚もなく、遠くから眺めたような写真や絵図面が2、3枚あるだけです。

 写真や絵図面では、二階建や平屋といった全体の姿、屋根や窓の形、位置などの構造までは分かりません。そのため発掘調査を行い、設計の前に正確な基礎の構造や特徴、さらに出土品から当時何に使われた建物なのかなどを調べます。

 では何が分かったのでしょうか。この復元部分の石垣の最も上の石や礎石と呼ばれる柱を建てた石には、基礎の木材を置いた所を削るという特徴が見られ、それによって本来の建物の大きさや、柱や壁などの基礎材が入れられた位置を明確に確認することができました。

 このほかにも、干飯櫓では南側の中央に1個の礎石が見つかり、このことから建物中央部に2本の柱を持ち、この柱は2階の天井まで立つ構造だったことが分かりました。

 南走長屋は絵図面から、天守閣に続く走長屋と同様の建物であったと思われます。内部は、走長屋のほぼ中央西よりに石垣に沿って石が並べられていました。この石の上に柱が立ち、柱の西側が廊下で、東側は、石垣を削った柱の位置を組み合わせると、小部屋が3つ並んでいたと考えられます。現存するものでは、干飯櫓が岡山県高梁市の備中松山城の天守や櫓、南走長屋は大阪城の続櫓と同様の構造になっています。

 また、小部屋の部分から弓矢の矢の先に付けるやじりが見つかり、武器が保存されていたと考えられました。絵図面や文献でも走長屋は武器庫とされており、文献と調査の結果がほぼ合致する結果となりました。


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