Topics「バルトの楽園」会津ロケの風景
6月17日公開の、映画「バルトの楽園」(がくえん)の撮影が、1月29日から2月1日まで会津において行なわれました。
「バルトの楽園」は、第一次世界大戦中の徳島県鳴門市の板東俘虜収容所を舞台に、 軍人でありながら、生きる自由と平等の信念を貫き通した所長・松江豊寿(まつえとよひさ)の指導によって、ドイツ人捕虜たちが収容所員や地元民と交流を深め、 ベートーベン作曲の「交響曲第九番 歓喜の歌」を日本で初めて演奏したという奇跡的な実話をベースに描く感動大作です。
主人公の松江豊寿は会津出身で、戦時中においても武士道を貫いた人です。
江戸末期の戊辰戦争において会津藩は、新政府軍に敗れます。
戦後においても会津の人々は、青森県の斗南藩への移住を命じられ、苛酷な環境の中、たくさんの人が飢えと寒さで病死しました。
明治に入ってからも数々の不遇を受けた会津ですが、こうした環境は、逆に多くの人物を輩出しました。陸軍少将の山川浩、東京帝国大学総長の山川健次郎、福島県初の陸軍大将となった柴五朗・・・。皆人格者としても知られています。
敗者の心の痛みを知る会津人は、武士道を貫き、それを体現していったのです。
松江豊寿もその一人です。
撮影の殆どは、物語の舞台となる徳島県鳴門市で行なわれましたが、松江豊寿の出身地であるここ会津においてもロケが行なわれました。
猪苗代天神浜の林ではドイツ人捕虜の脱走、猪苗代町営牧場では斗南藩への移住、猪苗代天鏡閣では青森県庁前、芦ノ牧温泉戸草平では斗南藩での開拓という場面が撮影されました。
撮影スタッフは80名。参加エキストラは100名。
雪の中、4日間に渡り、朝から夕方までの撮影に参加されたツワモノもいました。
エキストラの方は、まず早朝に市役所に集まり、農民役や猟師役などの衣装をつけ、メイクをしてもらいます。
メイクを終わった方は、他の方が終わるまで待っています。
撮影期間中の朝の市役所は、顔に泥のメイクをした着物姿の農民や武士、猟師などがたくさん市役所周辺をウロウロし、いつもと違った風景に、訪れた一般のお客様はとても驚いていました。
人数がそろうとバスでロケ地へ向かいます。
ロケは雪原で行なわれたので大変寒い中、エキストラの方は映画に出る興奮で楽しそうで、地元の方がお茶を用意してくれたりといった歓迎もあり、4日間の撮影は、終始和気あいあいのムードでした(写真上)。
今回は、松江豊寿役である松平健さんらはいませんでした。
しかし、ドイツのブラッド・ピットと呼ばれるオリバー・ブーツさん(ドイツ人捕虜役)、三船史郎さん(松江豊寿の父久平役)らが出演し、本物の役者を前にエキストラの方は、少し緊張気味。
少し慣れてくると、エキストラの方の緊張もほぐれ、ひととき役者になった気持ちで一生懸命演技していました。
たくさんの人の気持ちが詰まった映画「バルトの楽園」。
全国の東映系映画館で6月17日(土)に公開されます。